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17歳の悩み
17歳の頃、私は「人は何のために生きるのか」と悩み続けました。
自分というものがわからなくなったのです。
どんな知識を持っても、どんなにお金持ちになっても、人は死んでしまえばお仕舞いでないか。それなのに、何のために学び、何のために仕事をするのだろうか。考えれば考えるほどわからなくなりました。
どんな書物にも、私の求めている答えは見つかりませんでした。これほどの人類の知の蓄積があっても、そこに答えが容易に見つけ出せないのはなぜだろうか?
私は本当に私なのだろうか?
私が私だと思っているのは、実は親の考え方だったり、テレビで見たり聞いたりしたことを“自分”だと思い込んでいるだけではないのだろうか?
私は国も、時代も、親も選ぶことなく、ここに偶然にも生み出され、生きることを強いられている。そこに疑問を持つことさえ許されないのだろうか?
もしそこに本当の“自分”を見出しうるなら、私は“自己否定”だけが自分の表明しうる意思ではないか?
ならば私は「死のう」と考えました。
ノイローゼのように、私は自分自身を追い詰めていったのでした。
ところが、私の中でふと別な考えがよぎりました。
私は「何のために生きるのか」と生きる意味を問うた。
私は「国も、時代も、親も選ばなかった」という前提で考えてきた。
ところがその結果導き出されたのは、自分を否定し、自分を殺す結果となりました。
なんという矛盾でしょうか。生きる意味を探していた結果が、生を否定する結論に達したのです。
私はこの矛盾は何か前提条件が間違っていたからだと考えました。
そして私が前提としていた条件をひっくり返してみたのです。
「私はこの時代に生まれたくて、国も両親も自ら選んだ」
それまで、私は自分の意思が見つからずに、自己を否定することで、かろうじて意思を保持しようとしてきたのです。
ところが、生を自らの意思ととらえることで、私自身の主体がはじめからゆるぎないものとなります。
とはいえ、こうした冷静な判断は、後でできたことで、当時はそこまでには至りませんでした。
ただ、「私はこの時代に生まれたくて、国も両親も自ら選んだ」
そう思えたとき、私の中で何かが融解しはじめました。私を苦しみ続けてきたものが、融けだしたのです。
すうっと、私は自らの危機を抜け出しました。
とりあえず、私は生きてみようと思いました。
いま、結論を出すことはないと思ったのです。私の「仮定」が正しいかどうか、それを確かめるまで、保留にしようと思いました。
命の主体として生きる
そんな17歳の危機を乗り越え、私が仮定を生きて、20代の後半に、ついにシュタイナーの本と出合いました。
シュタイナーの「子どもは生まれようとするとき、はじめに母親を選び、その母親の目を通じて、父親を選ぶ」
この文章に出会ったとき、私ははじめて、私の「仮定」を肯定する書物と出会ったのです。
結婚など考えられなかった私が結婚をし、子どもを5人も授かりました。
どの子も、みな私を親として選んだと私は今でも考えています。かつて私がそう信じたことが、今や私は親の身としてそれを信じるのです。
私は子どもたちに選ばれた親として、選んでくれたことにできる限り報いなければならないと感じます。そして親として選んでくれてありがとうと云いたいです。
人生を自らの主体として考えることをさらに突き詰めていくと、実は自分自身の運命を自分自身が定めたという考え方に至ります。シュタイナーはそこを基本として「カルマ」という考え方に至るのです。
私たち人間は、死後に自分自身の生きた結果を、自分が相手にしたことを相手の立場から追体験します。いじめた人に対してはいじめられる立場を体験するのです。その結果後悔の念に駆られます。自分の未熟さに気づくのです。そして次に生まれてくるとしたら、そうした自分の弱さをもっと鍛えて、より人間としての階梯を上がって行きたいと願うのです。その結果、次に生まれてい来る際に、自分自身に運命を課し、その課題を今生で消化しようとするというのです。
人生にはつらいことが多々あります。
運命を呪うようなこともあるかもしれません。
でも、どうでしょう。その運命が実は自分自身が主体的に自分に課し、自分を成長させようとした課題なのだとしたら。
私はその課題から逃げず、挑んでいくべきだと考えるのです。そして私が課した以上、乗り越えられない壁はないと考えるのです。
自分自身に気づく
私が生まれる前に自分自身に課した課題。つまりそれは運命ともいえます。
その運命から逃れる生き方ではなく、むしろその運命を積極的に自らのものとして生きる。これが「自分の道」といえると思います。
多くの場合、自分の道を探さず、他の人と比較して、ないものをねだってはいないでしょうか?
自分を嘆き、運命を呪い、他者をうらやむような生き方は決して幸福とはいえません。
自分自身が今生をこのような課題を引き受け、その課題に取り組もうとすることは、何よりも心の奥底で魂が喜んでいるはずです。
そのような私と私の中の魂の喜びが一致することが、「私が私である」つまり心身一如といえます。
その私が私であろうとすることは深くはカルマという宇宙の法則から導き出されているので、そうした生き方は宇宙の法則に則っているともいえます。
そして、それは私が宇宙と一体であるという意識に通じます。
この私が宇宙と一体であるという意識は、私が何事かを成し遂げるとか、何かを達成するとかという成果とは別に、私が道に生きていることそのことで宇宙と軌をひとつにしているのです。
そのときの至福を私は「私は私である。そしてそれが今である」と表現できると思います。これを「Be here now]ということができます。
バイオグラフィー
宇宙から地上に降り、私は子どもの頃の純粋さを次第に失い、地上に足をつけて、現実の人生を歩んでいきます。
私にとって、ずっと宇宙に漂い続けてきた魂が地上に降りたのが、42歳の時でした。完全に物質化し、私は「精神」から最も遠いところにたどり着きました。それ以前には宇宙の力が助けてくれました。持って生まれてきた才能に生かされもしました。ところが完全に物質化した今となっては、神様のご加護もないのです。
ニーチェはそれを「神は死んだ」と表現しました。
神が死んだからには、私自身が神への道を自力で歩き出さなければならないのです。それが人生の後半生の課題なのです。
与えられた精神性ではなく、与えられた精神性を全て失った上で自らの努力で精神性を獲得せよ。これが後半生の課題となるのです。
42歳を折り返し地点として、私はそれまでに歩んできた道を再び折り返し、精神性に昇華させていく課題と出会うのです。
魂のこよみ
私はしばらくおろそかにしてきた「精神性」の課題と再び向き合う必要性を感じました。
朝の目覚めの際に私は「八段錦法」をします。そしてその中間に「瞑想」の時間を入れます。その瞑想の際に「魂のこよみ」は実によくフィットすることに気づいたのです。
| 本書には、1年(=52週)分の「週の詩篇」が、復活祭に始まり、季節を追って収められています。さながら、季節の自然と読む人の魂とを結び付ける魔法のカレンダーです。春夏秋冬、一年を通して読み進むうちに、季節と共に在ることの喜びを感じさせてくれることでしょう。全面新訳。 このカレンダーは復活祭から始まりますが、その復活祭は春分の日のあとの満月に続く日曜日と決められています。その日を起点とした週の数え方を下の表にしました。 魂のこよみの週の一覧 |
私にはサラリーマンのような生活は合いません。
やろうとしてもできないのです。
結果、私は自営し、そして那須に流れ着きました。
この「那須」が私にはとてもフィットしています。
私は時間に追われることが苦手です。心臓がバクバクしてしまい、生きていけなくなるのです。
私は私なりに生きているときに、健康状態も、精神的にも、もっとも良好な状態となります。
不器用ですので、それ以外の生き方ができないのです。
私にとってはボランティアであろうが、お金にならない仕事であろうが、自分がそうすべき意義を感じた仕事なら、喜んで引き受けます。
そして、それをするための時間は自分で生み出します。
「時間がない」という言葉を私は使いたくありません。やりたいと思えば時間はつくれるのです。
「時間がない」ではなく「私には意義が感じられない」といえばいいのです。
私が判断するかどうかというよりも、私がすべき仕事は仕事の方からやってきます。だから私は大概に拒むことなく、来た仕事は引き受けるということになります。
「その仕事が来たということは、こうゆう部分を鍛えろということなんだ」と考えます。
私は好き嫌いで判断することは嫌いです。それよりも、私が知らない世界であっても、私を超える高次の私が与えた仕事には、喜んで挑んでいきたいと思っています。
出会い
私たちが一生の間出会う人は、多いようで少ないと思います。
その多くの出会いは「運命的」です。
私は自分自身の運命の主体者でありたいと思います。それは裏を返せば、他者もまた、その人自身の運命を定め、そしてそれを実現する主体者に違いありません。
そうした主体と主体が出会うわけですから、決して偶然ではないのです。
私が那須へ来て、本当に良かったと思えるのは、そうした主体者との出会いが主流を占めるからです。
都会ではなかなか主体と出会うことができません。みんな、何かに流され、何かに仕え、自分が主体であることを放棄しているように思えるのです。
私が那須へ来て本当に良かったと感じるのは、自分を主体にしている、本当に生きている人たちと出会えるからです。
その出会いが私に多くの学びを与えてくれるのです。